| 医食同源・薬食同源 <食について> |
日本統合医学研究会常任理事
池川哲郎 |
【 第一回】
日本はよく単一の民族であると言われることがありますが、最近の遺伝子の研究からは、北から南からいろいろなところからやってきて出来上がった民族であることがわかってきました。したがってそれらの人々が混じり合う過程では、いろいろのことがあったでしょう。
食のことを考えても、同じようにいろいろと混じり合ってきたものと考えられますが、いわゆる縄文時代の食生活が、今の日本に大きな影響を与えていると思うし、それがまた優れていたが故に、今に受け継がれていると思います。青森の三内丸山遺跡の発掘で見られるように、北のまほろばの食生活は想像以上に豊かなものであったことがわかってきました。栗などの実を食べ、魚を捕って食べていたわけですが、海岸線の多い日本では、昔むかしは大変貴重だった塩が、大陸と比べてとにかく手に入り易かったでしょう。上杉謙信が武田信玄に塩をおくった話は有名であるように、その昔は大変な貴重品であったでしょう。塩分をとればやや血圧が上昇ぎみになり、戦はなければ生きて行けない獣に対しても、闘志をわかせることに事欠かなかったことと想像されます。
昨今は日本人の食生活が欧米化してきていますが、アメリカへ行ってもヨーロッパへ行っても日本の寿司屋さんがあるのには、本当に驚きます。欧米では今、日本食は健康に良いということで注目されております。つい最近でも大豆製品が乳癌の予防になるということで、米国の国立癌研究所が本格的な研究を始めておりますが、米国の私の友人などは以前豆腐は食べないと言っていましたが、最近米国で日本の豆腐が食べられるようになってきたと聞きました。少しずつ日本食が浸透しているようです。
このように日本の「おふくろの味」は、健康に良いということで海外で注目されておりますが、日本人自身はハンバーグやファースト・フードなど何となく外から来たものが好みのようで、特に若い人はそのようですが、大根の煮物などの「おふくろの味」を忘れないでほしいと思います。しかし「塩分は少なめに」。これが大切です。これまでの日本食はどうしても塩分が多くなってしまいます。その点さえ注意すれば、天下一品、世界一の食べ物です。このようにいうと、やはり日本食は塩っぱくなくてはという人がいるかも知れませんが、関西の薄味というのもあるし、私自身塩分を減らした日本食に慣れて塩辛いものは食べられなくなっています。やはり習慣だと思いますし、特に子供の頃の食習慣があとあとの食生活に影響します。先に述べましたように、昔むかし塩が大切な時代に、それが人々のパワーになり強みになってきましたが、あまりに度が過ぎたり、それになれっこになってしまうと、過ぎたるは及ばざるにしかずということになってしまいました。
塩分の少ない「おふくろの味」を一家だんらんでとるということは、この頃いわれる精神免疫腫瘍学(サイコオンコロジー)から見てもよいのではないでしょうか。日本食、たとえばタンパク質は魚や豆腐など、また緑茶を飲み、海草やキノコを多く食べるなど、その良さは科学的に証明されてきて、世界中で認められています。人は身近にある良いものを見落としがちです。日本の食の「ナショナリズム」をもっと謳歌してもよいのではないと考えますが、いかがでしょう。
数千年前の昔、いろいろのところからこの東洋の果ての島にやってきた日本人の祖先が残してくれた食生活は、いろいろな良いところを集めて今に伝えられています。我々はもっと身近かにある日本のよいところを生かしていく必要があると常々思っております。日本食が一番、但し「塩分」は控えめ。この但し書きが大切です。
【 第二回】
前回日本食の塩分について書きましたが、今の日本人は平均一日12〜14グラムの塩分をとっております。米国のがん研究財団で出している「がん予防15ヶ条」では、一日6グラムにすることを勧めていますが、日本の厚生労働省は、せめて10グラム以下にしようという目標を定めております。魚を含めて漬物、味噌汁、醤油など塩分を少なくした作り方を工夫するとか、消費者も薄め、少な目にするような家庭でも、味噌汁の具を多くするなど工夫が必要です。そしてそれに慣れると、塩分が少ない方が、好みに合うようになります。
食品のなかの無機物質で、もう一つ大切なのはカルシウムです。欧米人は牛乳などから、カルシウムをたくさんとっていますが、日本人は昔のように丸干しとか煮干しなど魚を丸ごと食べる習慣が少なくなってきて、カルシウムの摂取量が少なくなりがちであります。脂肪の多い乳製品をとりすぎると、脂肪が過多になってしまうので、ほどほどにして、煮干しなど小魚を丸ごと食べる良さを取り戻したいものです。ご承知のように、脂肪のとりすぎは大腸癌、乳癌などの原因になり、脳疾患や心臓病にもよくないので、いわゆる生活習慣病の予防のために、脂肪のとりすぎは避けなければならないわけです。カルシウムというと、漢方薬で牡蛎(ボレイ)というものがありますが、これはカキ(牡蛎)の貝殻粉末のカルシウム剤であります。また今はあまりありませんが、竜骨(哺乳動物の化石化した骨)も同じです。
カルシウムは骨形成に重要な元素で、ビタミンD3と共に、女性に多い骨粗鬆症の予防・治療に欠かせませんが、細胞の情報伝達にも必要なもので、神経系の情報伝達にも欠かせないものであります。漢方医学の古い書物、「神農本草経」には、こういう生薬に精神安定作用があると記載されているのはたいへん興味深いところです。
【 第三回】
いま日本でも欧米でも、代替医学とか補完医療といわれる医学・医療が話題になっておりますが、米国の国立癌研究所にもその部門ができて活発に活動しております。
以前そこの研究者とキノコの話をしているときに聞いた話ですが、米国では乳癌が日本の胃癌と同じぐらい多くて、予防が課題になっております。ところが大豆製品が乳癌の予防になるというので、一年に四千万ドルの予算で五年間かけて、大豆と乳癌の予防の研究を始めるところだという、二年ほど前の話です。これはNIH(米国国立衛生研究所)が食品として大豆製品に注目したということであり、この大規模介入試験の結果が待たれます。
大豆というと最近日本でも面白い話がありました。大豆製品はダイエットにも生活習慣病にもよいというのは知られたことです。大豆から豆腐を作るときに出る「おから」は、殆ど捨ててしまうものですが、ところがこれが意外なところで役立っているのです。たとえば麺のなかに混ぜてつくるとのびてしまわないとか、お正月によく食べるカマボコに入れると、たいへん美味しくなるとか、ドレッシングのなかに混ぜると、乳化が安定してそれを使わないものに比べて分離がしにくい、そしてかつ大豆の風味が出て美味しくなるということです。おからが、ペーストになって(「おからペースト」という)いろいろなものをくっつけてしまい、それがまた旨い味を出しているのかも知れません。味の良さと機能性、それに物理化学的性質が結び付いたという点で興味をひきますが、それが、日本人が古来からよく食べてきた食品素材であるところに、注目しています。
米国では日本食というと、以前はすき焼きで、九ちゃんの「すき焼きソング」(「上を向いて歩こう」)も流行したほどですが、今では米国だけでなく世界のいろいろなところで寿司屋が繁盛していることをこのシリーズで述べましたが、米国人によく寿司について聞かれることがあります。それは、日本人は一週間または一月に何回寿司を食べるのかという質問です。これは寿司屋さんに聞いて見ても、適切な答えはないと思います。
ただ寿司屋に行ってよく思うことは、魚は蛋白質としてよいのですが、寿司屋のメニューには野菜ものが少ないのです。カッパ巻きぐらいしかないので、もっと大根巻とか人参巻とか考案してみてはどうかと思っています。米国で日系人が考え出したカルフォルニア巻などはさすがです。緑黄色野菜や豆類は健康によいということですから、日本の食文化の発展のためにも、「おからペースト」が日本の輸出製品になるのを期待しています。
中国の漢方薬がどうして生まれたかということについて、神農伝説というのがあります。昔むかし神農さんという人が毎日山へ出かけていって草や根っこを採ってきて食べてみて薬になる草根木皮を選び出してきたという伝説です。時には毒にあたって苦しんだということですが、これは人類自らがモルモットになって、漢方生薬を選び出してきたのです。そして食べ物も同じように選んできたのです。キノコにも毒キノコもあれば、食用キノコもあるわけで、我々が今食べているキノコはそういう祖先の努力と犠牲の上に選び出されてきたものです。日本のようなアジアモンスーン地帯ではキノコの種類も多いのですが、食用になるキノコが一年中たくさん食草にのぼるのは、わが国第一だと思います。それは地域的な問題だけでなく、栽培技術に工夫と改良がなされてきた結果だったのであります。
古い昔から人類は食べ物を探しているうちに、ある種の食べ物が病気になったときに効果があることに気づきました。今でも中国の民間伝承として「薬で補うことは食事で補うことに如かず(薬補不如食補)」という言葉があるということですが、これは病気の予防には食事を通じて補う方が薬よりよいということを意味しています。このようなことは、まさに中国伝統医学でいう「医(薬)食同源」ということでもあります。古くは中国の周の時代には「食医」という官吏がいて、皇帝の食事を管理する位の高い知者であったということですから、如何に安全で機能性のもった薬膳料理を工夫していたかがわかるのであります。現在でも中国のある少数民族では、まだ食べ物の調理の仕方で薬物を処方しているという、食べ物は長い歴史のなかで安全性が確かめられ、ときには機能性が認められてきたのであります。
我々も数多くのキノコについて研究していくと、結局食用キノコが機能性も安全性も高いことがわかってきて、「医(薬)食同源」という言葉の歴史の重みをひしひしと感じているところです。 |
|
|