食用きのこ情報
食用きのこは人類の貴重な遺産
《神農伝説》
池川哲郎
 われわれが国立がんセンターできのこの抗がん研究を始めてから、もう30年以上も経ちました。その過程でよく思い出したのは、漢方薬のルーツをめぐる古い伝説です。

 昔むかし、中国に神農という人がおりました。
神農さんは毎日、山や野へ出かけては植物の葉っぱや根っこを採ってきて、自分で噛んでみたり食べてみたり、また時には煎じたりして薬になる草根木皮を選び出してきたということです。得体の知れない草や根を口に入れるのですから、時には毒に当たったりして、ひどい下痢に苦しんだりしたことがあったということです。そのようにして神農さんが選び出した草根木皮が、今日私たちが用いている漢方薬になったという話です。
 神農さんは今でいえば薬剤師であり、医師であり、また名前が示すように農業の神様のような人であったと想像することができます。しかしよく考えて見ると、この伝説が言わんとするところは、私たちが今日口にしている漢方薬や食べ物は、人類自らモルモットとなって、薬用や食用になる動植物を選び出してきたものであり、それは大切な人類の遺産であるということになるかと思います。
 この地球上には10万種とも20万種ともいわれるきのこが自生していると言われていますが、食用や薬用になるものはどのくらいあるでしょうか。毒きのこもかなり多いので、私たちが今美味しく食べているきのこはそのうちののわずかなものです。わが国では栽培技術が進歩しているので、いろいろな食用きのこが人工栽培されており、昔は秋の季節だけしかきのこを口にすることができなかったけれども、今日私たちは一年中その味覚を楽しむことができます。それらのきのこは、かの神農伝説で語られているように、私たちの祖先が自らモルモットとなって選び出してきたきのこであり、貴重な遺産ということになります。
 現在日本では、死因の第一位はがんであり、3人に一人ががんで亡くなるということになりますので、がんの予防、治療に関するヘルス・ケアに関心が集まります。われわれも長くそのようながんの予防、治療の研究に携わってきました。そしてその一つの結果として、わたしたちが一年中食べている普通のきのこが、優れた抗がん作用を秘めていること明らかにすることができたのであります。このように古くから伝わる神農伝説について考えてみると、何気なく食べている身近なきのこは、われわれの先祖が残してくれた人類の貴重な遺産であるということができるのです。