食用きのこ情報
きのこと健康 連載8
池川哲郎
日本統合医学研究会 常任理事
NPO統合医療普及協会 理事長
元金沢大学生命科学教室 教授
薬学博士

今日までの生命科学の歴史
人間同士が土地や利権を求めて戦争している間に、人類はもっとやっかいな挑戦を受けて大騒ぎになっています。テレビや新聞の報道によると、SARSウイルスによる新型肺炎は中国南部に発生して香港、北京に広がっているという。初期に情報公開を怠って、対策を誤ったことが感染の拡大をもたらしているということであります。特に保健衛生をつかさどる行政機関のウイルス感染に対する判断の甘さがあって、初期の対策を過ったのでしょう。
ウイルスは多種多様でわかっていないことがあくさんあるし、とくにその変異すなわち遺伝子がどんどん変わっていくので、想像もつかないことが起きてしまう。中国南部、広州のあたりは時々新しいウイルスが発生して、ときに香港風邪と呼ばれるインフルエンザの流行のもとになってきましたが、とにかく消えていったので甘く見たのでしょうか。
1929年フレーミングのペニシリンの発見は、人類が細菌による感染症に対する解決策をたてる哲学を与えました。そして1941年、そのペニシリンは物質として分離されて、時の英国首相チャーチルの肺炎を治したという報道が戦時中の日本にも送られてきました。チャーチルの話の真偽の程はさておき(梅沢浜夫著、「抗生物質を求めて」文芸春秋社、参照)、ペニシリンは夢の新薬として話題になりました。そしてフレーミング、フローリー、チェーンによる研究は、「ペニシリンの再発見」といわれるようになり、生命科学の歴史に残る輝かしい出来事であったのであります。当時は肺炎に対する根本的な治療法はなかったけれども、細菌の感染症であることはわかっていたわけです。しかし今回の新型肺炎は、ウイルスによる疾患であることで、全くその様相は異なるのです。
20世紀末にエイズが流行してHIVウイルスの怖さが、改めて認識されましたが、延命効果のある薬物療法が開発されたこともあってか、この頃少し関心が薄れてきて予防対策を以前より重視してないようになっています。そんなことがあって現在若い人に知らず知らずに感染が広がっているのが現状です。

きのこの抗ウイルス研究
新顔のウイルス疾患は出ては消え出ては消えしているように見えますが、ウイルスは遺伝子の変異が激しいので、ゲノムを変えて生き続け、強くなってまた出てくる。チャーチルのかかった肺炎は細菌による感染症でありましたが、今度の新型肺炎はウイルスによる感染症であり、ペニシリンのような薬はない。耐性菌の問題などはありますが、とにかく抗生物質の発見は人類を細菌の感染症から救ってきました。しかしウイルスに対する新薬の発見、開発の哲学はまだありません。勿論若干の抗ウイルス剤はありますが、原因療法になるというわけではないので、フレーミングがペニシリンの発見で作り上げたような抗ウイルス薬発見の指導原理はまだないのです。ところできのこの成分に抗ウイルス作用があるという研究は、古く米国ミシガン大学コクラン先生らの研究があります。シイタケの成分がミクソウイルスやインフルエンザウイルスの増殖を抑制したというのであります。また日本では東北大学医学部の細菌学教授でありました石田名香雄先生らが、シイタケの胞子からインターフェロン誘発物質を分離され、その活性本体が二本鎖のRNA(リボ核酸)であることを報告されています。この場合一本鎖のRNAでは活性は10分の1以下でしかなかったが、二本鎖のRNAはインフルエンザウイルスの感染を予防したとのことです。
また、竹原教授(神戸大)らは、インターフェロン誘発活性をもつ二本鎖RNAをシイタケ菌に寄生しているウイルス様粒子から抽出されています。
長野県北信総合病院の疫学調査では、エノキタケ生産農家の人がエノキタケをよく食べるので、風邪をひくことが少ないという結果があるので、元の院長先生はそのエキスを風邪予防のために、海外旅行のときに持って行かれたと言っておられました。
また、北海道大学の喜田宏先生らは白樺に生えるきのこ、カバノアナタケの成分がウイルスのNA突起に作用してその感染を予防する可能性を見出されていますが、これらの研究が期待されます。いずれにしても、きのこの抗ウイルス作用に関する研究は今後を待たなくてはなりませんが、あまり過大な宣伝はつとに慎まなくてならないと思っています。特に最近新聞やテレビで報道されたようなきのこの健康食品に関する誇大広告やデータ疑惑はあってはならないことであります。

病気も健康も「予防が第一」
イラク戦争は一段落したけれども、また戦争が起きるのではないかという不安にかられます。昨今戦争と平和について身近に考えさせられますが、そのよってくる原因について思いをめぐらすと、戦争を起こさないような予防はないものかと誰もが思います。病気と健康も「予防が第一」であることは変わりありません。
戦争をしないで済むように第一次世界戦争を経済的に分析して、レーニンは「帝国主義論」を著しました。彼は十月革命を成功させてソビエトを作ったけれども、それもまた冷戦で、レーガノミックスに敗れてしまったわけです。
第二次世界大戦後は戦争の予防のために、「国際紛争を解決する手段として(日本国憲法9条)」国連が創られましたが、今回のイラク戦争では機能しなかったわけです。今回のイラク戦争の結果、ホワイト・ハウスなかでネオ・コン(neo-conservatives)が力を得たのは、誰の目にも明らかです。それはサッチャーリズム、レーガノミックスから続いた新古典派経済学の系譜の上にのっていると言えるでしょうが、その系譜が行き詰っている。ネオ・コンもこのことはよく承知しているように見えるけれども、戦勝気分にひたるネオ・コン・カウボーイは、アメリカ的グローバル・スタンダードを異教徒の世界に輸出しようとしている危なっかしさが見え隠れします。
悩みも多い日本の農業もきのこ産業もこういう世界の動きと無縁ではいられない程、情報伝達が発達して国境の壁も関税の壁も低くなり、グローバル化が進んでいます。そういうことから出てくる悩みが特産物の消費者の間にもあります。その一つは食の安全です。政治や経済の流れは予想を上回る速さで変化していますが、日本の食生活もアッという間にマクドナルド化してしまった。今はむしろ「特産」がマクドナルド化したと言ったほうがよいのではないかと思えます。そう考えると昔はよかったと懐かしく思うのでありますが、「特産」がマクドナルド化して農業が工業的効率に流されたその時に、BSE問題が起きたのはわれわれの記憶に新しいところであります。

効率化がもたらす危うさ
こんなことを書くと、本誌を読んでおられる方々は、そんなことは学者先生や政治家に任せておけばよいと考えられるかもしれませんが、とにかう、BSE問題は、効率化が時としてとんでもない事件を引き起こすことがあることを消費者にも生産者にも認識させたであります。そのマクドナルド化に象徴されるケインズ方式が今行き詰っているというわけだす。
イラク戦争の結果、ホワイト・ハウスでネオ・コンが勝利してくると、経済も同じ。一にぎりの勝者によって、大多数の弱い敗者が、アダム・スミスのいわゆる「神の見えざる手」によってバッシングされるようになるかも知れません。本誌の読者も業界の方もそんなことが起きなければよいがと思われるでしょうが、まず第一に日本のような労働賃金の高く生産性の低い農業が「神の見えざる手」で、またバッシングされることになるのではないかと心配になります。ネオ・コンのすぐ先を考えて見ると、「特産」もイラク戦争も、同じ数式で表されるフラクタル図形に見えて仕方ありません。「変革の世紀」21世紀は確実に始まっている。

「人間の全体性」を見つめ直す
このシリーズでも述べましたように、医学、医療の分野で人間を心を含めた全体として捉えようとする医学(ホリスティック・メディスンと呼ばれている)が注目されるようになっています。(本誌 連載3参照)これは自然科学や医学だけだと思っていましたところ、経済学でも人間の全体を考えないできたことを反省して、新しい経済価値を追及するようになっているということです。
特にケインズ的経済学の行き詰まりは、人間の全体性を見ないで、それを無視してやってきたと説いています。(神野直彦:学士会報、平成15年2月号「人間回復の経済学」岩波新書など)そういう「人間の全体性」を押しつぶした経済学と新しい「人間の全体性」を回復させようとする経済学の葛藤はすでに始まっています。イラク戦争開戦前夜の、そして今も水面下にあるアメリカとヨーロッパの葛藤は、ある意味でそれを象徴していると思うのです。そのような葛藤は環境問題でも見られることで、空気中に排出する炭酸ガスの規制をめぐる京都議定書を批准しないアメリカと批准したヨーロッパ諸国の対応もその一つでしょう(日本は批准)。
きのこというのは秋に落ちた枯葉の陰にひっそりと生えている。それがまたきのこらしい姿であり、味わいでもあります。きっとそんな経験をもった人が多いと思いますが、この頃起きている事を思い浮かべながら、スーパーの端っこにひっそり置いてある安いエノキタケを買ってきて食べるのが、最も健康的でよいのだなァとつくづく考えるようになっています。これならばほかの人にも勧めることができます。