食用きのこ情報
きのこと健康 連載10
池川哲郎
日本統合医学研究会 常任理事
NPO統合医療普及協会 理事長
元金沢大学生命科学教室 教授
薬学博士

きのこの生理活性と機能性8
発展するきのこの生理活性研究 ーきのこに肝臓障害抑制作用ー

 前回ニンギョウタケからグリフォリンというコレステロール低減物質が分離されたと書きましたが、その物質は平田正義、中西香爾先生らによって古く抗菌性抗生物質としてGrifola confluens から取られていた既知物質でした。一つの物質が色々な作用をもつことはよくあることですが、きのこ類から抗菌性抗生物質が幾つか分離されています。例えばCoriolus consorsの二次代謝物のコリオリン、ノウタケ(Calvatia craniiformis)のカルバチン酸、ツエタケ(Oudemansiella radicata)のウデノンなど抗菌性抗生物質が沢山分離されていますが、感染症の治療薬になったものはありませんでした。放線菌の検索が山を越えた頃、きのこの菌糸体が対照になりましたが、これは放線菌という微生物から少し離れたところの微生物や珍しい海洋微生物などが資源として関心が持たれるようになったのも、きのこが対象になってきた理由があったでしょう。
私は当時梅沢浜夫先生の微生物化学研究所で制癌抗生物質の研究に携わっていたので、制癌剤開発の哲学がよく話題になりました。その一つはナイトロミンが制癌剤としての臨床に使われるようになって以来、当時は毒を以って毒を制するという発想から、制癌剤が検索された時もありました。きのこと言えば、私もよく覚えているのですが、そんな頃に先の中西先生(現米国コロンビア大学教授)らは毒きのこのツキヨタケから、制癌作用のある毒性の強いランプテロールという物質を分離報告されましたが、それは結局古くClytocybe illudensから分離されていたイルジンSと同一物質であるということに結論されました。
ところでこの日本のきのこには一つの逸話があります。当時きのこ研究の世界的権威であったシンガー博士はユダヤ系なので、戦前ナチス・ドイツから亡命するはめになってしまったのです。その途中で日本に寄られた時に、ツキヨタケの液浸標本を見られたのです。そして後になって分類学上でそれが属する新しい属(Lampterromyces)を創られたということであります。(本郷次雄著「きのこの細道」118頁、トンボ出版)。かつて亡命ユダヤ人にビザを発行し続けた日本人の外交官の話、ベルリンの壁崩壊の契機になったハンガリー、チェコの役割、そして今まさにすさまじい飢餓を逃れる脱北者たち。ナチズムとスターリン主義によって数多くの民衆が苦難の日々を耐えている。同じ亡命のシンガー博士は暗雲たれこめるような暗い時勢に、このはじめて見るきのこに自然の啓示という一条の光を見たことだろうと想像します。因みにツキヨタケの学名はLampteromyces Japonicusです。
これはきのこから少し離れますが、ストレプトマイシンの発見者、ワックスマンがノーベル賞を受賞してすぐ後に、日本に立ち寄って講演した折に某有名大学の細菌学の教授先生がワックスマンに「どのようにしてストレプトマイシンを発見したのか?」と質問したところ、ワックスマンはペニシリンの発見によって微生物から薬が発見できるという哲学が生まれたからだと応えたそうです。私は詳細は知らないのですが、画期的な科学の進歩、発展のためには、いかに斬新な哲学が必要か、示唆に富む話です。
きのこ類からも色々な生理活性を検索し、新しい活性物質を検索する研究や試みは沢山なされていますが、肝臓障害を抑制する作用が検討されたことを紹介したいと思います。色々なきのこの乾燥粉末を5%餌に混ぜてラットを飼育して、肝臓障害を起こす薬剤をラットに注射して肝障害を起こさせる。そうするとラットの血液中のアラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT、臨床検査ではGPTともいう)とアスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(AST、臨床検査ではGOTともいう)の酵素活性が上昇することがわかっているので、それをきのこが抑えることができるかどうかを検定する実験です。その結果ヒラタケ、シイタケ、ブナシメジ、エノキタケ、ツクタケ、マイタケが有意にAST(別名GPT)の活性上昇を抑制し、またAST(別名GOT)に対しても同じようにその活性の上昇を抑制できたということです。特にシイタケ、エノキタケ、マイタケが良い結果を得たと報告されていますが、活性物質本体の解明には至っていないようであります。しかし日本でよく食べられているきのこの摂取が肝障害を抑制するということは重要なデータだと思います。また冬中夏草の菌子体のエキスも経口投与で肝臓の代謝機能を高めるという研究結果も出されています。
きのこ類から低分子の生理活性物質を探索する研究も沢山ありますが、河岸洋和先生(静岡大学)らの神経成長因子の合成を促進する物質の研究もその一つです。ヤマブシタケの子実体からヘリセノンと命名された6種類の同族体が分離されている。これらの物質を神経細胞に添加することによって、神経成長因子(NGF,Nerve Growth Factor) の合成を促進する作用があるということであります。エピネフィリン(またはアドレナリンという、副腎皮質ホルモン)はそういう活性をもっていますが、動物以外からそういう作用をもつ物質が分離されたのははじめてだということであります。さらに河岸らは同じヤマブシタケの菌子体から、同じような作用をもつジテルペンであるエリナシンという8種類の物質を分離している。また、キヌガサタケからセスキテルペンに属するディクチフォリンという物質を見出している。このように新しい生理活性試験をきのこ類に導入することによって、色々興味ある物質が発見されることと期待されます。ただ神経成長因子の合成を促進する物質が発見されたといっても、その量や活性の度合またその物質の副作用を検討しなくてはならないので、そのきのこがすぐアルツハイマー病に有効であるということは難しいと思います。しかし、きのこ類には神経系に働き毒性をもつものもあるので、これからの脳の科学に役立つようなきのこの研究がはってんすることが期待される。
例えば、マジック・キノコとして騒がれたメキシコのPsilocybeなどは、メキシカン・インディアンの間では「神聖なきのこTeonanacartlテオナナカルトル」と呼ばれており、幻覚を起こさせることで知られています。そしてメキシコ原住民の間では宗教的行事に使われるというきのこでありますが、一般の人がやたらに食べたりすると死に至ることがしばしばであるという。ところが神聖なる宗教行事で使いこなすような人では先ず人が死んだことはないそうですし、メキシカン。インディアンの伝統に厳密に従って食べるならば、毒にはならないということです。(グーズマン博士、International J.Med.Mushroom,5巻、57頁、2003年参照)。そのほかキノコ類の生活習慣病に対する効果についても色々研究されており、血圧降下、上昇抑制(ブナハリタケ、マンネンタケなど)、血流改善作用(ナメコ、エノキタケ、ブナシメジ)、抗糖尿作用(マイタケなど)、抗血糖作用(マンネンタケ、ブナハリタケ、冬中夏草など)など証明されています。また血小板凝集阻害物質(マンネンタケ、カワキタケ属の一種など)、摂取抑制作用(ヒラタケ)、殺線虫活性物質(ヒラタケ、ウスヒラタケ、クマガシラ)、抗植物ウィルス作用、レクチンなど色々な活性が検討され、あるきのこではその本体が解明されています。また古くから冬中夏草は中国では不老長寿の薬として、また薬膳にもよく使われる貴重な漢方薬でもあります。その作用についても色々研究されていますが、金城典子先生(東京医科歯科大教養部)らの冬中夏草の菌子体を用いた研究があります。例えば、薬用人参でネズミをプールで遊泳させて耐久時間を測定する試験(遊泳試験)を行うと、人参を飲んでいた方が耐久力があるという結果が出ますが、冬中夏草の菌子体でもやはりよい結果がでるということです。さらに冬中夏草の媚薬的作用も検証されており、伝統医学の重みに興味をそそります。
キノコ類や酵母類はエルゴステロールを多く含んでいます。エルゴステロールは紫外線によってビタミンD3に変換されるので、女性に多い骨粗鬆症の予防になります。健康食品のアガリクスから癌の血管新生阻害作用がるとしてエルゴステロールが分離され報告されたのですが、実はシイタケ、エノキタケ、ブナシメジやマイタケはそれと比べずっと多くエルゴステロールを含んでいるので、そういうきのこを食べているのがよいということになります。最後に、身土不二、地産地消と四文字文化を特産でいえば「特産情報」になるかもしれませんが、最近、厚生労働省研究班(班長 津金昌一郎、国立がんセンター研究所臨床疫学部長)から、味噌汁を飲んでいると乳癌のリスクが減少するという報告が米国国立癌研究所の学術雑誌に発表されたという新聞記事がでました。(信濃毎日新聞、平成15年6月18日など)。しかしあまり何杯も飲むと塩分が多くなってしまうので、エノキタケなどきのこを入れた味噌汁を毎日一杯でも摂取することが勧められます。味噌汁にはきのこを入れて飲みましょう、これはまさに「おふくろの味」です。