食用きのこ情報
きのこと健康 連載14
池川哲郎
日本統合医学研究会 常任理事
NPO統合医療普及協会 理事長
元金沢大学生命科学教室 教授
薬学博士

「情報開示と権利保持が課題」

 先月号にも触れましたように、ヨーロッパは異常気象でしたが、今年の日本の夏も冷夏で農作物に大きな被害が出ました。そういうことが原因なのか、スイカが畑から盗まれた、リンゴが・・・、そして米が盗まれたというニュースに事欠かなかった。コメに至っては、一夜にして、田んぼから刈り取られるという盗みまで出てきた。これまで聞いたことがないような犯罪が起きている。天候不良のなかで農家が一生懸命に長い間育ててきた田畑の農作物が盗まれる、農家にとっては泣きっ面に蜂である。しかし特産物でもちょっと見方を変えれば同じようなことがあるのではないかという話も聞きます。
 我々がやった研究成果もそうですが、例えば農協の研究機関との共同研究を学会などで発表されたその翌日にも、スーパーのきのこがおいてある所にあたかも自社がやった結果のように宣伝されているという話を聞きました。これが本当かどうか私は知りませんが、情報の開示と権利保持、情報の利用と盗用、いわば「いいとこ取り」にどう対処するかは、技術立国日本のこれからの課題でありましょう。資源のない日本は技術革新でしか世界の中で生きていくことができないので、科学技術の発展を促す構造改革ができるかどうかが問題であると思います。特産情報は特に農薬に関係することが多いので、さらに問題です。
 先日も仙台で第6回日本補完代替医療学会があり、招待講演された渡辺昌先生(東京農大教授)が講演後の質問に答えて、物作りを忘れた国家は滅びると食糧の自給率の低下をあげて言っておられたのは印象的でした。それにつけても、きのこのことが話題になると、いつも米国的グローバルスタンダード化が進むなかで、これからの農業はどうなるのか、またどうするのか−という話になります。しかし結局結論は出なくて、私のような一市民、一研究者の守備範囲を超えたものであるで終わってしまいます。これは政治や行政の指導者が真剣に考えるべき問題ですが、今まさに政治家を一人一人が選ぶ時にきています。そんな話が出ているところへマツタケ菌子体の話が出てきて、我々のやったマツタケ子実体のデータが載っているということです。しかし、マツタケ菌子体の研究も随分とやりましたが、培養菌子体ではエノキタケなどと変わりなく、いろいろな条件を考えるととても良いとは言えないので、そういうデータを踏まえていろいろな培養菌子体の制癌活性を研究した結果、エノキタケ菌子体から経口で癌に効くプロフラミンと名付けた物質を分離して報告しています。この物質はきのこの制癌活性物質として論文発表されているものとしては、毒性がなく経口投与で最も有効なものと言えるでしょう。さらにこの物質はエノキタケ子実体から分離されている低分子蛋白結合多糖体EA6の同族体であるということです。
 ご承知のようにマツタケの「栽培」は長い間研究されていますが、まだ成功しておりません。菌根菌であるマツタケ、ホンシメジ、それに信州で秋によく採れるジコボウも栽培は難しいきのこです。
 去る10月28日(2003年)夜NHK総合テレビ「ものしり一夜漬け」で、きのこの特集番組が放送されました。そのなかで9月末名古屋で開催された日本癌学会で国立がんセンターが、長野県の4厚生連病院の協力で実施したきのこの疫学研究の結果を発表したことを報道しました。その研究に携わった研究者の一人として私がインタビューを受けることになりましたが、どうやらブナシメジ、エノキタケ、ナメコががんを予防するきのことして浮かび上がってきたわけです。
「研究に導いてくれた偉大な先輩」
還暦を過ぎて年をとってくると、なにか経験を残して、後世に正しい事実を伝えようということになります。この秋身近な方々の自伝的著書が出版されました。一つは、牧野光雄氏の「木内四郎−忘れ得ぬ日々」であります。木内先生(元科学技術庁長官)は私の高校の大先輩であり、きのこの研究でも助けていただきましたし、またそれに応えようと我々もやってきました。本書は著者しか知らないような逸話がたくさん出てきて、興味深く読みました。
 もう一つは私の東大薬学部大学院時代の先生である柴田承ニ先生の書かれた「薬学研究余禄」であります。私が国立がんセンターできのこの制癌作用を始める動機について触れましたが、それは柴田先生をぬきにして考えることはできません。本書は先生の生い立ちから始まって、先生の祖父承桂先生や父 桂太先生の業績を孫子の目から見て書かれているのは大変貴重なものであります。さらに世界で注目されている漢方生薬の研究、奈良正倉院御物の研究、先生の外国訪問や薬学。化学関係の国際交流などなど、話題は大変多岐にわたっており、その上先生の研究哲学などが読みとれる著作であり、興味をもって読み返し自分がこれまで生きてきた薬学の歴史を反芻しました。本書は現代の研究者のみならず、後世にも薬学研究史として残る稀有の著作でありますし、日本薬学会にとっては大変貴重な遺産となるでしょう。
 先生は学生時代から地衣類の研究をされており、若くして東大教授になられて、栗の胴枯病菌(Endothia、きのこの一種)の色素の研究をされた。そしてそれがカビ(Penicillium)の色素と同一であることがわかってきました。そのうちの戦後の食糧難のなかで、黄変米事件というのが起きましたが、それがカビの色素によることが東大医学部薬理教室(浦口教授、辰野高司先生)と薬学部生薬教室(柴田教授)の共同研究で解明されたのであります。これは英国オックスフォード大学レーストリック教授と柴田グループのカビときのこの研究の結果がその解明に役立っています。
 他のきのこでも色素を産出するものが多く、こういう黄色色素は肝臓毒であることがわかっているわけです。メシマコブもその一つで、桑黄(ソウキ)または桑寄(黄)生と呼ばれており、黄色色素を産生するのがこのきのこの特長ですので、ヒトの臨床に応用する前には、その毒性について科学的に確認、解明しておく必要があるでしょう。我々はこのきのこを研究したときは、このきのこの学名の名付け親である青島清雄先生にいろいろ教えていただきました。
「商業主義的宣伝ではなく正しい情報を」
 文化が老朽化すると、言葉をもてあそぶだけになることがあります。いわゆるステレオタイプの思考になってしまいますが、きのこでも食用きのこと毒きのこの二つに分けてしまうのが現在のきのこのステレオタイプ思考です。図鑑に食用と書いてあれば、毒性がなくて健康に良いと思わせてしまうという商業主義の宣伝効果に消費者はどのように対処すればよいのか、迷っているのではないかと思います。これはイラク戦争開戦時における政権の情報操作とも同根でありますが、食用きのこといってもいろいろ問題がありますし、そのうちの幾つかはこのシリーズで簡単に述べてきました。食用きのこの安全性については、生産者がただ商業主義に走らないように警告されるマツタケの専門家の先生もおられますが、例えばこのシリーズでも書いたように、食用といわれるきのこでもシロブナシメジのように中性脂肪が増えるというデータがあるきのこもあります。悪貨が良貨を駆逐するような商業主義的宣伝を排して、正しい適切な情報を消費者に伝えるということはなかなか難しいようです。
 最近きのこの機能性が世界的に注目されてきて、きのこのシンポジウムや学会は医学関係の国際学会でも開催されます。私も我々の研究結果を紹介する機会が多くなりましたが、つくづく感じることは、欧米先進諸国では「ホーム・メディケーション」ということでしょうか。喫煙、食生活などの生活習慣に基づいて、いわゆる生活習慣病の予防治療に対処することになってきました。そういうことから食生活、適切な運動、リラクゼーションなど生活医学が益々注目されるようになっています。生活習慣病の予防治療に、食生活、特に手作り料理で一家団らんを楽しむ生活一般の変化が、生活医学として捉えられようとされています。
 前回にも報告しましたように、私もきのこ研究について発表してきましたが、そのときに私は「医食同源」「薬食同源」という東洋の古くから言われている言葉にたどり着いたと話します。そうすると欧米の研究者たちは、古代の人類は食べ物を求めることに精力を集中していたことを考えて、「医食同源」という言葉に「野生の思考」を垣間見ることでしょう。そしてその思考は神話や仏教に通じることであります。だから今回10月初めに行われた欧州Medical Mycology学会のシンポジウムでは、「医食同源」は東洋の知恵であるけれども、ヒトの知恵を超えているように思うと結論的に述べました。医学薬学の東洋的考え方は、一神教(キリスト教、イスラム教など)の社会とは異なる背景があり、それは「野生の思考」で「多」を認めることであります。そう考えると日本はまだまだ世界平和に貢献する方法があると実感した次第です。

参考図書
日本癌学会英文誌(GANN72,142 1985)、信濃毎日新聞(2003年9月26日朝刊)、牧野光雄著、木内四郎−忘れ得ぬ日々(信毎書籍出版センター、2003年)、柴田承ニ著、薬学研究余禄(白日社2003年)、山崎幹夫著、毒の話(中公新書 中央公論社,1998)、河合隼雄、中沢新一「仏教が好き」(朝日新聞社、2003年)、梅原 猛著、梅原猛の授業 仏教(朝日新聞社、2003年)