食用きのこ情報
きのこと健康 連載2
池川哲郎
日本統合医学研究会 常任理事
NPO統合医療普及協会 理事長
元金沢大学生命科学教室 教授
薬学博士

きのこの生理活性と機能性2
マツタケやブナシメジが持つ腫瘍増殖阻止効果 −抗癌活性が高い日本のきのこ−


 前回はきのこ、特に食用きのこの機能性が世界的に認識されるようになってきたと書きましたが、そのきっかけとなったのは、我々が国立がんセンターではじめたきのこの抗癌研究であったと思います。それでどうしてきのこを取り上げたかということをよく聞かれます。私事にわたりますが、私の研究生活について少し述べたいと思います。
 東大薬学部の柴田承二先生(現学士院会員、東大名誉教授)のところで、「ペニシリウムの色素に関する研究」で博士号をいただいた後、梅沢浜夫先生がその年に創設された微生物化学研究所に奉職することになりました。当時先生はすでに医学会のリーダーであり、私が入所した年の秋に学士院賞と文化勲章を受章され、そのときの記者会見では新制癌薬を発見する研究を微化研でやると言っておられました。そのように先生の新しい研究所にかける意気込みが感じられる活発な雰囲気のなかで、若い時代の研究生活を送りました。
 先生は制癌抗生物質を世界に先駆けて開拓されたのであり、その先生から私は直々指導を受けて制癌抗生物質の研究に携わり、いろいろ教えられるところが多かったのであります。特に私は新薬開発に関わる哲学が今も心に残るものです。それはどういう資源を選んで研究するか、それを対象にしてどういう生理活性試験をやるかということであります。そして活性があったならば、どういう方法で活性本体を分離精製していくかということであります。こういう資源、活性試験、精製法の3つの事柄をいかにうまく結び付けていくかということが大切です。こういうことを言うのは、その後国立がんセンター研究所の化学療法部で研究をはじめることになり、何をやるか考えたときに私に大きな影響を与えました。
 さて、資源として何を選ぶかが問題でした。前述の柴田先生と相談してきのこを選ぶことにしました。柴田先生は若くして東大教授になり、きのこの天然色素の研究をされておりました。そしてその物質が当時英国オックスフォード大学のレイストリック教授がカビ(ペニシリウム)から分離された物質と同一であることが判明していました。レイストリック教授という先生はかのペニシリンで有名なフレーミングと一緒にペニシリンを最初に分離しようと努力した人です。そして柴田先生の研究もきのこからカビに移っていた。そういうときに先生の研究室に入ったので、私の博士論文も前述したように、その関連した研究でした。
 そういうわけで私にとってはきのこを取り上げることに何のこだわりもありませんでした。当時サルノコシカケなど硬いきのこが癌に効くという言い伝えが日本にありましたので、まずそういう硬いきのこを取り上げて、東大薬学の生薬学研究室の仲間と山にきのこ狩りに行き、それを中原先生のいわゆる「宿主仲介性」抗癌試験にかけていましたが、サルノコシカケ類のきのこはあまりよい研究結果が出ませんでした。例えばメシマコブなどは少しよい結果がでたのですが、いろいろ検討してみましたところ、結局満足のいく結果は得られませんでした。その結果は今も同じです。
 しかし、癌を直接やっつけるのではなく、中原先生が目指した免疫を高めることによって、癌を間接的にやっつけるという考えは当時大変斬新的で、研究者の注目を集める試みでした。まだ免疫学という分野は現在のように分子レベルで語られるような時代ではなく、黎明期であったということができますし、BRM(Biological Response Modifier,生物反応調整物質)という言葉さえなかった時代です。
 硬いきのこの研究があまりうまくいかないで悩んでいる頃、柴田先生ががんセンターに来られ、相談して食用きのこを取り上げましたところ、食用きのこは大変よい結果が出ました。アメリカ癌学会が出している本で、癌の分野では権威ある学術雑誌Cancer Researchに発表しました。きのこのことになると、そこに発表した表がしばしば掲載されておりますので、知っておられるかも知れませんが、表1に挙げておきます。ここでマツタケが最も高い腫瘍増殖阻止率を示しましたが、ツクリタケ(西洋マツタケ、アガリクスの一種)は活性が非常に低かったのであります。しかし表1でわかるように、日本でよく食べられているマツタケ、シイタケ、エノキタケ、ナメコなどがよい結果でありました。ほかの国よりもむしろ日本独特のというか、とにかく日本でよく食べられているきのこがよかったので、外国できのこの講演をするときには、そんなことも話をすることもあります。我が国では食卓にのぼるきのこに恵まれており、それは先人の残してくれた遺産ということができるでしょう。
 漢方薬がどうして生まれたかという話に、神農伝説というのがあります。昔々神農さんという人がおりました。この人は今でいう医学、薬学に通じており、文字が示すように農業の神様のような人だったということです。神農さんは毎日山に出かけて、草や木の根っこを取ってきて食べたり、煎じたりして、それがどういう病気に効くか試していたそうです。わけのわからない草根木皮を口に入れるわけですから、神農さんはよく下痢をしたり、もどしたりしたそうです。そういうことを繰り返して神農さんが選び出してきたのが、今我々が使っている漢方薬だという話です。これはよく考えてみますと、人類が狩猟時代から農耕時代に移る過程で人類自らがモルモットになって薬になるものと毒になるものを選び分けてきたのだということになると考えるとよく理解ができます。
 従って漢方生薬を選び出す過程では、いろいろ数知れない犠牲が生じたかも知れません。このようにして長い人類の歴史から生まれた漢方薬はまさに祖先の遺産であるということができるのでありますが、きのこも同じです。食べられるきのこと似た毒きのこはよくありますし、秋には毒きのこにあたったというニュースもよく聞きます。食用になるきのこと毒きのこを識別していく過程で、我々の祖先はどんなに犠牲を出してきたことか、そして選び出された日本のきのこに他と比べてよい抗癌活性があったということは、心が振動するような驚きを覚えます。
 先に述べましたようにサルノコシカケのような硬いきのこを沢山集めて抗癌試験をしましたが、必ずしもよい結果ではありませんでした。そのうちメシマコブが比較的よい値を示したのですが、ちょっと投与量を下げますと効かなくなってしまうし、活性本体はあまりよくないしで、この研究には苦労したものです。最近メシマコブの抽出物が韓国で保健薬となっています。それで臨床の先生方に配布するパンフレットが作られていますが、その一番最初にハングル文字でメシマコブの研究は日本国立がんセンターの池川博士がやったと書いてありました。しかし臨床データからも基礎実験からもあまり勧めるようなものではないと言ったので、それはもう書いていないかも知れませんが、我々はそれよりもはるかに優れたきのこを探し出してきたわけです。そのことはいろいろな学術雑誌で発表したものを読んでいただければわかるところです。
 とにかく我々はメシマの井戸を掘った後、ちょっと離れたところを掘ってみたら、もっともっときれいな効く水が湧いてきたというのが偽らざる実感です。メシマコブが国立がんセンターで最もよい結果が出たと宣伝して日本で売っている業者がおられるということを時々聞きますが、それは全く誤りです。そういう宣伝がこの頃とても多いので注意してください。結局あまり満足するような結果は出ておりません。
 これまできのこをたくさん研究してきて、結局長い人類の歴史のなかで、食用とされてきたきのこの方がよい結果が出てきた。我々が行ってきた研究の対象分野は主に抗癌という狭い範囲ではあるのですが、食用きのこの効用はそれだけにとどまりそうにないところがあります。
 その後食用きのことしてブナシメジが「やまびこしまじ」という商品名で市場に出回るようになり、形がいかにもきのこらしい形をしており、「しめじ」としてそれまで売られていたヒラタケより味もよかったので、出始めた当時は業界でも話題になったそうです。このブナシメジについても我々はその研究をやるようになりましたが、表2に示したようにサルコーマ180にはよく効きましたし、そのきのこの抗酸化作用についても報告しております。そういう健康によいという研究結果もあって、今やブナシメジはシイタケ、エノキタケに次いで、ポピュラーな食用きのこになりました。このように食用きのこには、抗癌作用のほかに免疫賦活作用、抗酸化作用、コレステロール低下作用など、また豊富な食物繊維のもたらす生理活性などいろいろ有益な作用が見出されてきています。

表1.きのこ熱水抽出物の抗癌作用
きのこ名
完全退縮率
平均腫瘍重量
(g)
増殖阻止率
(%)
Lentinus edodes(Berk.)Sing. シイタケ
6/10
2.2
80.7
Control
0/10
11.4
Flammulina velutipes(Curt.ex Fr.)Sing. エノキタケ
3/10
2.1
81.1
Control
0/10
11.4
Pleurotus ostreatus(Jacq.ex Fr.)Qu_l. ヒラタケ
5/10
2.3
75.3
Control 
0/10
9.4
Pleurotus spodoleucus(Fr.)Qu_l. カンタケ
0/8
2.3
72.3
Control
0/9
8.3
Pholiota nameko(T.Ito)S.Ito et Imai ナメコ
3/10
1.4
86.5
Control
0/10
10.4
matsutake(S.Ito et Imai)Sing.マツタケ
5/9
0.76
91.8
Control
0/9
9.3
Auricularia auricular-judae(Bull.ex Fr.)Qu_l キクラゲ
0/9
4.9
42.6
Control
0/9
8.3
biporus Sing.ツクリタケ (マッシュルーム)
12.7

Tumor:Sarcoma180(ascties-solid), Animal:female ICR mice ,
Adminst.:ip,Day1〜10, 上段8種のきのこの投与量:200mg/kg×10days
文 献:池川哲郎・他:Cancer Res.29:118,1969.

表2.きのこ熱水抽出物の抗癌作用
きのこ名
完全退縮率
平均腫瘍重量
(g)
増殖阻止率
(%)
Hypsizigus marmoreus
ブナシメジ i)
100mg/kg×10days
6/6
0.0
100
30mg/kg×10days
6/6
0.0
100
10mg/kg×10days
3/6
2.7
71
Control
0/12
9.4
Phelinus linteus
メシマコブ ii)
200mg/kg×10days
7/8
0.2
96.7
Control
0/8
6.8
150mg/kg×10days
2/10
4.7
49.7
Control
0/10
9.1

Tumor:Sarcoma180(ascties-solid), Animal:female ICR mice ,
Adminst.:ip,Day1〜10
文 献:
i)池川哲郎・他:Chem.Pharm.Bull.40:1594,1992
ii)池川哲郎・他:GANN(jpn.j.Cancer Res.)59:155,1968.