食用きのこ情報
きのこと健康 連載5
池川哲郎
日本統合医学研究会 常任理事
NPO統合医療普及協会 理事長
元金沢大学生命科学教室 教授
薬学博士

きのこの生理活性と機能性5
一体で考える心と身体 −見直されるホリスティック医学−


 人によって薬が効いたり効かなかったりすることがあります。このような薬の活性が論じられるときに、問題となるのはいわゆるプラセボー効果という心理的影響です。効くと思って飲んでいると効くこともあるかも知れません。それはその薬で効いたのではなく、その人がもっている生命力で効いたのではないか、あるいは効くと思った思い込みが脳に働いて、精神神経系を刺激してそれが免疫機能を高めて、効いたのではないかという場合もあります。こういう生理学的生化学的理由では説明できない効果をプラセボー効果といっています。したがって、あるきのこのエキスで効いたというときにも、いろいろな実験やデータの解析が必要になります。
 ある人に効いても他の人には効かないことも当然あり、そのパーセントまたは有効率が近代医学で問われますが、代替医療ではその点があいまいであり、ときにはある特定の個人に効きさえすればよいではないかということになり、それが学会でも話題になり批判の対象になります。そういう場合にも、例えば効いたという免疫的な指標や遺伝子診断などによる解析が求められるようになっているのが現状です。そういうように基礎実験でも臨床一例報告でも、なにか証拠がないと効いたとは言えないということで、証拠に基づいた医学、証拠に基づいた医療(EBM、Evidence-based Medicine)が要求されるのは当然のことでしょう。欧米諸国でもそのような潮流が益々強くなっており、我が国でも今後その傾向はさらに強くなり、強調されるようになるでしょう。したがってきのこの機能性に関する研究ももっと盛んにならなくてはいけないと思っています。
 このように薬が効くか効かないかが、自分の気持ちの持ちようだというと、ちょっと戸惑ってしまう。それではどういう気持ちを持っていればよいのか、どういう気持ちになるように努力すればよいのか−それが分からない。21世紀は脳の科学の時代といわれる。答えは世紀末に出るのかもしれないが、なるべく生きているうちに答えを教えて欲しいと思うのは、私ばかりではないでしょう。
 ところで、この正月インドのバンガロールに第二回グローバル・ホリスティック・ヘルスケア・サミット(GHHS)という学会がありました。その学会できのこと健康、医食同源について、発表するように言われて行きました。第一回はダライラマ14世や米国アリゾナ大学のA・ワイル教授が出席して講演したそうですが、今回も欧米諸国からもたくさんの研究者や医療関係者が集まった学会でした。
 ホリスティック医学というのは、人間の身体(からだ)と心(こころ)を別々に考えることは出来ない。それは一体であるということに力点を置いている医学です。そのように心身一如を説く医学ですから、大病院や大学病院にある心療内科、神経内科といわれる診療科と共通するところがある医学です。
 そもそもホリスティックという言葉は、ギリシャ語のホロス(holos)からきた単語であり、ホロスとは「全体」を意味するギリシャ語です。人間というのは身体と精神は切っても切り離せないものであり、「人間」という生身の全体を見て、診断し治療し予防しないと、意味が無いと説く医学です。ときに近代西洋医学の対局に置かれるのですが、その元祖ヒポクラテスが既にそれを説いているということです。これは、日本ホリスティック協会理事で、ギリシャ古代医学に詳しい大塚晃志郎先生から聞いた話です。「全体」を意味する英語の「whole」も「holes」からきた言葉であり、「治療、癒し」を意味する「heal」も健康を意味する「health」も「holes」からきた言葉です。「聖」を意味する「holy」も同じ語源です。健康というのはいかに体とこころ全体が健康でなくてはならないかよくわかりますが、さらに心身の健康ということはそれ自体聖なるものであるということを暗示しているように思えます。
 今回、バンガロールに着いたのは真夜中でしたが、バンガロールのヨーガ・センターでヨーガの研究をされている村井伸嘉先生に迎えに来てもらいましたので、助かりました。その日の昼前から村井さんが仕事をしているそのスワミ・ピペカナンダ・ヨーガ・センターを訪問しました。そこで昼飯をご馳走になったのですが、学生も患者も教授など職員も、皆同じところで同じものを食べている。人間一人ひとりは皆同じ、皆平等であると感じると同時に、人は皆心身ともに健康でありたいと望んでいるのだと感じました。翌日この学会を立ち上げたマタイ博士の国際ホリスティック健康センターへ、渥美和彦先生(東大名誉教授、JACT理事長)、大塚先生とご一緒に見学に行きました。バンガロール郊外の広い敷地に、きれいなホリスティック医療の施設が新しく作られたところでした。
 また翌日はその両先生とナチュロパシーとヨーガの科学研究所を訪問しました。そこではハイドロ(水または温水療法)にいろいろな試みがされており、珍しい施設でした。
 大塚先生は「こういうのを日本の温泉でやったら、もっと効果があるのではないか」というのには、賛成しました。学会の発表は、渥美先生の講演、大塚、寺山心一翁両先生、それに富山の国際伝統医学センターの上馬場先生と私が行いましたが、発表が無事に終わって、先生方とビールを一杯飲んだときは、大変うまくてこれほど気分で味が違うものかと思いました。帰ってみると、現地ではどの講演も日本の研究レベルが高いと評判が良かったと村井さんからメールをもらいました。
 日本に帰る途中、この6月に第二回きのこと健康に関する国際学会が行われるので、タイのバンコクに寄って、そのときに会長を勤めるマラカット博士のところを再訪して、いろいろきのこの研究について話し合いをしてきました。以前にもこのシリーズで書きましたように、この研究所は冬虫夏草の類をたくさん集めていますが、いろいろな昆虫につくきのこ類を集めているわけですが、今回白人の研究者が説明してくれ、Cordyceps類(冬虫夏草の類)はタイの北部山岳地帯だけでなく、ネパールやブータンなどへも行って集めてきたということでしたが、特に昆虫に寄生している菌類を幾つか見せてくれて、こういう菌類に昆虫が嫌がるものもあるという話でした。そういうことは例えばゴキブリの駆除に役立つようなものが見つかったりすると、一挙に注目が集まるものでしょう。その他大きなきのこがあるので、これは食用ですか毒きのこですかとマラコット博士に尋ねると、食べられるので今いろいろ掛け合わせて良いものを作っているところだという話をしてくれました。
 インドではまずきのこは食べないのですが、タイに来ると、きのこは結構食べている。バンコクでは日本人も多いので、シイタケもエノキタケもブナシメジも出てきますが、暖かい国なので、香港や中国南部のようにフクロタケが料理によく使われているようです。きのこに関してはインドとタイで非常に違うので、ヨーロッパはさておいて、きのこを食べるという文化の東西の境界は、この辺りにあるのかなと感じで帰ってきました。