食用きのこ情報
食用きのこの抗腫瘍作用
Food Style 21 2003/10/23年9月号(Vol.7 No9)

日本統合医学研究会
長野県農村工業研究所
池川哲郎(薬学博士)

1. 食用きのこの抗腫瘍研究
 これまで長い間、きのこの抗腫瘍作用の研究に携わってきた。振り返ってみると、きのこでも、ただちに食用きのこに到達したわけではなく、それまでにはいろいろな試行錯誤があった。免疫機能も最近は細胞レベル、分子レベルで論じられるようになっているが、私が国立がんセンターできのこの研究を始めた頃は、まだ生体反応調整物質(B.R.M., Bio-logical Response Modifier)という言葉さえなかった時代で、当時国立がんセンター研究所長だった中原先生が、がんの化学療法の分野に免疫学的考え方を導入されようとしていた時代だった。
 当時我が国では、サルノコシカケなど硬いきのこががんに効くという言い伝えがあったので、先ずその種のきのこを採集して、免疫機能を高めることで抗がん活性を示す試験を行ったが、必ずしも良い結果が得られなかった。そこで食用きのこを取り上げたところ、興味ある結果がられた。その結果を発表した研究論文は、よく引用されるが、シイタケ、エノキタケ、ヒラタケなどには大差はなく、アガリクス類は非常に活性が低いことがわかった。また、メシマコブについては我々の論文の一部を引用して、あたかもメシマコブがシイタケ、エノキタケなど食用きのこよりも優れた結果を得たように宣伝されているということであるが、我々の原論文にも記載しているように、メシマコブの投与量を下げてみると、著しく活性が低下してしまい、シイタケ、エノキタケ、ブナシメジなどの食用きのこの方が、遥かに優れた活性を示すことがわかっている(表1)。さらに簡単な方法で精製すれば、これも同様に食用きのこが優れているという結果が出ており、このことは子実体でも菌糸体でも同様である。我々はこれまで数多くのきのこの子実体と菌糸体について研究してきたが、マイタケを含めて、我々が選んだ食用きのこを超えるものはなかったと言える。食用きのこのうち先ずシイタケを選び、グルカンを分離し、後にそれはレンチナンと名づけられて狭い範囲で注射薬として臨床に応用されている。エノキタケ、ヒラタケ、ブナシメジなどの食用きのこから分離したβ-(1-3)-グルカンとの抗がん活性は、同程度である。しかしそれらはサルノコシカケ類やアガリクス類由来の多糖体と比べて優れた活性を持っていることがわかっている。さらに我々は同系腫瘍に対して経口投与で有効な活性物質を検索して、エノキタケの子実体からEA6を、菌糸体からプロフラミンを分離した。


2. エノキタケ生産農家の易学調査
がんの罹患に関する生活習慣病のうち、食生活ないし食習慣が最近特に注目されているが、食用きのこについて、エノキタケの生産農家の疫学調査がある。その結果によれば、長野県におけるエノキタケ生産農家のがん死亡率は、長野県全県のがん死亡率と比較して、有意に低いことが確認されている(図1)。この調査は、昭和47年(1972年)から昭和61年(1986年)までの15年間を対象にしたものである。その結果を始めてから、5年毎に調査したデータをそれぞれ10歳ごとに年齢を区切って、エノキタケ生産農家のがん死亡率を長野県全体のそれぞれの年齢のヒトの値と比較してみると、前者の値が減少しているという結果が出ている。


3. 発がん予防研究
 エノキタケと同じく、キシメジ科に属するブナシメジについて、熱水抽出物のS-180固形がんに対する抗腫瘍活性を検討すると、30mg/kgでも100%の阻止率を示し、最も高い値となった(表1)。さらにきのこの摂取が果たして発がんを予防するかどうかを確かめるために、ブナシメジを用いて発がん予防実験を行った。普通の飼料に、ブナシメジ子実体の乾燥粉末を5%混ぜた飼料を作り、その餌でマウスを飼育する群と普通の飼料で飼育する対照群の二群に分けてマウスを飼育する。そして一週間後に、すべてのマウスに強力な発がん剤のメチルコランスレンを皮内に注射して、発がん状況を観察した。この実験で16週頃からメチルコランスレン注射部位に発がんが確認されはじめた。そして最終的に76週間観察した結果、対照群では36匹中21匹のマウスに発がんが確認されたが、きのこ摂取群では36匹中わずかに3匹しか発がんしなかった。このようにブナシメジの摂取が、明らかにマウスの発がんを抑制することが証明された。(図2)。
このような、きのこの発がん抑制作用は免疫賦活作用ばかりでなく、抗酸化作用も関係していると考えている。たとえば食用きのこ類のラジカル捕捉作用については、我々ブナシメジ摂取による血漿抗酸化タンパク質の増加に関する研究や岡山大学の研究がある。後者によれば、エノキタケやシイタケなど食用きのこの水抽出物についてレモン汁と比較して、それよりも強い活性をもつという結果が報告されている。


4. 生活習慣病と医食同源発
 我々は数多くのきのこについて研究を行ってきた結果、食用きのこに到達したが、そのときに漢方薬がどうして生まれてきたかという古くからの伝説を思い出す。それは神農伝説と呼ばれているが、昔々神農さんという人がいて、毎日山や野に出かけ草や根っこを採ってきて、噛んでみたり食べてみたりして、薬になる草根木皮を選び出してきた。そうして現在使われているような漢方薬が生まれたのだという伝説である。この話を考えてみると、人類が古代から人類自ら実験動物(モルモット)になって薬用や食用になる動植物を選び出してきたのだと言える。きのこも食用きのこもあれば、毒きのこもありだが、神農伝説に言われるように、今我々が食べているきのこは、我々の祖先が食べてみて、本当に食べることができるかどうかを検証して、選び出したものである。そう考えると食用きのこは、まさに人類の遺産ということが出来る。特に日本がきのこの多いアジアモンスーン地帯にあり、我々の祖先の遺産であるということができる。しかし何でも図鑑に食用とあればよしとする商業主義や技術おごりの効率主義には、今世紀になって、とみに疑問がでてきていることを改めて考えてみる必要がある。
 我々もきのこの研究結果を通じて、東洋の伝統医学で言われる「医食同源」「薬食同源」という言葉の歴史の重みを実感している。人類は長い歴史のなかで、ある種の食べ物を摂取すると、病気が治ることに気づいたわけである。我々も上述のような研究結果に基づいて食用きのこ抽出物、EEM®(エノキタケ、ブナシメジ、抽出製剤)を開発して、基礎研究、臨床研究を行い、進行がん患者さんのカヘキシー(悪液質)の軽減、制がん剤との併用効果などがあるという興味のある結果を得ている。その一部は第二回きのこと健康に関する国際学会(2003年7月、パタヤ、タイ)でも発表している。


5. 問題点と将来の展望
 近年健康食品はサプリメントと呼ぶ製品が、多くの国で販売されている。日本でも、きのこ製品が広く市場に出回っているが、健康食品で第一に問題になることは「安全性」である。製品の安全性は重要なことであり、薬品でも食品でも古くヒポクラテスの時代から言われているように、“First, do no harm”を忘れてはならない。もう一つの問題は、昨今では製品の有効性が過度に宣伝されたり、誇大宣伝のある本も出回っているといわれているような問題がある。これは製品の提供者が過度な宣伝によって販売を拡大しようとする商業主義から生じる問題であると思うが、きのこ類の生理活性を論ずるに当たっても、科学的研究データに基づいた証拠を積み重ねる必要がある。そしてそれはあくまでもEBM(Evi-dence-based medicine)に基づいたものでなくてはならない。そうして得られた結果を正しく適切に消費者に伝えるようにしなくてはならないと考えている。さらに化学的に見れば、製品の規格化が問題である。このようにこれから解決すべき問題がたくさんあると言える。
 健康食品および食品は、どれをどのくらい摂取するかは、消費者の「自己責任;Self responsibility」に任されている。ここで消費者の「自己責任」に対しては、その一方でプロバイダー(供給者)に、「説明責任;accountability」が問われている。従ってこういう社会的問題についてはマスコミ関係を含めた関係業界も行政も、また学会もさらに真摯に取り組まなくてはならないもう一つの問題である。
 ある種のきのこには免疫賦活作用があることはわかってきたが、免疫は「自己」と「非自己」の認識である。それは一人の個人とそれ以外の人との差、または区別ということになる。一人の個は独立して、他と異なるところであるが、ヒトとしては共通性を持っている。ヒトの遺伝子が解明されて、治療・予防の上でそれぞれの個人によって差があることがわかってきた。個人個人の差によって施されるいわゆる「オーダー・メイド」または「テーラー・メイド」の医療が論じられるようになっている。それは免疫における「自己」と「非自己」の認識という問題と共通性を持つため、免疫でいう自己と非自己の識別が遺伝子の言葉で語られるようになってきた。食用きのこの機能性もますます深く、またそういう観点で論じられるようになるのではないかと想像している。